Columnwetukuアカデミア コラム

2022.06.16

シャトルランの始まり

はじめまして、岡庭百合香(オカニワユリカ)です。
名前だけでも覚えて帰ってください。

さて、wetukuアカデミア2期のオリエンテーションを終えました。
現在AM5:30。お米10粒くらいの実感を抱えて早速課題に取り掛かっています。
が、しかし。そこで気が付く自分の考えのなんと浅いこと。

「志が書けない。」

オリエンテーションの中では各々の志を共有し、仲間に意見をもらいながら質を高め合うワークを行いました。私が最初に掲げた志は「誰もが心から笑っていられる社会の実現」。有賀明美さんの人生のメンテナンスという結婚式の解釈に共感したことをきっかけに、想いを伝え合うことで人は心から笑えるようになる、ただ漠然とそう思っていた。そしてブライダル業界を志した。
しかし、具体性がない。そして諸々の定義づけがされていない。
誰もがとは?心から笑うとは?社会とは?実現されたか否かの評価方法とは?
どこかからお借りしたフレーズを並べて理解した気になっていた。想いを伝えることの素晴らしさ、想いを伝えられないことの苦しさを自分に落とし込むこともせず、また社会レベルでそれがどんな問題を引き起こしているのかも考えず。ただただ主観。

仲間とのワークを通して気が付いたのが、ビジョンの多様性に対応しきれていない自分。私の一つの目標として「結婚式の存在意義を明確にする」というものがあった。でも、それは私だけではなく他にも複数人が掲げているフレーズであった。
私は違和感を覚えていました。おかしい。ブライダル業界を志した経緯もきっかけも違うはずなのに、問題意識も違うはずなのになぜ言葉がかぶるのか。
答えは簡単、深掘りができていなかったから。
例えば「心が動く瞬間」というフレーズ。サプライズ演出で感動して動く心、疎遠になっていた友人と仲直り出来て動く心。動く心にも種類がある。それと同じで、存在意義の明確化にも種類があるはず。
自分はその中で、どれを選択するのか。

自分と他の人が持つビジョンが異なるという意味での多様性は素晴らしいこと。
でも、自分が持つビジョンのなかに複数の解釈が存在するという意味での多様性は、はらんではいけない。ブレてしまうから。

そんなこんなで、寝ぼけながらルーズリーフに想いとは伝えるとは伝えないとどうなる伝えるとどうなるうんちゃらかんちゃらと書き進め情報が足りずシャットダウン。
課題である志を記したシートには「次回のアップデート」の内容を記載し、現状の最大値を書き出して提出した。
ふぁあ、拙い。

でも、自信満々に拙い志を熱く語っていた1日前の自分に比べて、志の伸び代を理解した今の自分は少し前進したはず。
自分で自分に乞うご期待。

まだシャトルランの1〜5回目くらいの気分でゆるゆるっと走り出しました。友達とおしゃべりして交流を深めながら。これから来る100回、200回のドレミファソラシド。自身の疲弊とペース感を予測してそれを超えられるように、愉しめるように戦略を練りながら。
最後まで走り抜いて体力をつけ、次は人生のマラソンへと戻って爆走できるように。

さてさて、ひとまず寝ますか。
おやすみなさい。
と言いたいけどバイトです。
行ってきます。

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